7/21
在宅
ブログを更新しないうちに梅雨入りして、そのまま明けてしまった。雨がちな時期は、せっかく引っ越したのに研究室に行かず在宅にする日が多かった。6月に入ってから切迫した締切がなくなったことも手伝って、自分の怠惰さと向き合うことになった。この期間の日記を見返したらそういう反省ばっかりで笑ってしまった。
夜は、掛け布団や寝間着が薄くなっていくにつれて睡眠の質が悪くなっていく。重量が欲しい。前の部屋よりも狭くなった&断熱性能が上がったからか、エアコンをつけないと夜間でも室温が異常に上がってしまう。最近はエアコンつけっぱなしじゃないとさすがに厳しいけど、今度は28度の設定でも朝方には寒くて目覚めることがある。今の所短パンではなく長ズボンを履くことで落ち着いている。
ギター
友達がガールズバンドクライの影響でベースを始めて、自分もギターに対するモチベーションが上がっている。桃香さんが悪いんですよ。空の箱、視界の隅 朽ちる音あたりを練習していて、まあそれなりには弾ける。ただ人と合わせるという段になって、これまでの練習の雑さや知識不足を実感している。人に聞かせたり全くせずに完全独学で3年間くらい触ってきたけど、上達度が期間に見合っていない。今からでも基礎練習をしたり理論を勉強したりするか......?あとはバンドを組みたくなってきた。ドラムとボーカルが欲しいんだけど、世の中の人たちはどうやって人を集めてるんだ?
夏
夏の風景やノスタルジーが大好きである一方で、現実の夏はどう考えても暑すぎる。最近はフィクションの中の夏しか好きじゃない。去年は夏×シューゲイズとしてFor Tracy Hyde、The Otals、Moritasaki in the pool、ノウルシ辺りをずっと聴いてたけど、今年は何か加わるかな。Beachside talksは新曲のBig Skyで化けたと思う。たくさん聴くぜ。
一方で、やっぱり暑すぎるので、外にいるととても爽やかな気分ではいられない。こういう殺意に満ちた夏の曲の方が今のテンションに合っているかもしれない。
ライブ
2024/6/15 colormal「逗留セゾン」@下北沢近道
お客さんのテンションがみんな高くて、メンバーはリラックスしていて、いいライブだった。何の新譜も提げていない、いい意味で肩の力が抜けたライブ。それでも演奏は研ぎ澄まされている。冒頭からアンセム→さまよう→大きな怪獣でもう満足。このライブで初めて聴いた病熱という曲、かなり刺さった。この動画の一曲目。
多くの曲でイントロがアレンジされてたりしたけど、どの曲かはだいたい一瞬でわかる。コード感というか、colormal筋が鍛えられてます。
2024/7/8 君島大空合奏形態 単独公演「The Sweet Torture」@神田スクエアホール
冒頭、ピアノ弾き語りのエルドで静かに始まったかと思いきや、˖嵐₊˚ˑ༄で爆発。あの妙ちきりんな曲をフィジカルに再現可能なことに驚いたし、音がでかい。曲が始まった瞬間のあの衝撃はなかなか体験できないと思う。そもそも神田スクエアホールの音響がめちゃくちゃ良かった。
生きることに付随する拷問性を歌った新曲。 上で言ったような今のテンションにまさに合致する曲だった。ありえないくらい速いカッティングに笑うしかなかった。緻密に計算された楽曲のようで強烈な荒々しさや攻撃性もある。高い演奏力があるからこそ実現できているのだと思う。シンガーソングライターというより、君島大空合奏形態というロックバンドなのだということを心得た。また絶対に行きます。
2024/7/13 Homecomings「many shapes, many echoes」w/ downt, kurayamisaka@渋谷クラブクアトロ
downt、かっこよすぎ。スリーピースのミニマルな、だけど物足りなさを全く感じさせない音の厚み。ボーカルの富樫さんの立ち振る舞いに惚れ惚れする。やっぱりunderdriveが好きだなあと思いつつ、全部良かったぜ。
kurayamisakaは5人がこんな広いステージに立っていることにまず感動。もはや何度もライブで聞いた曲群、でも過去一くらいの近さ。うんにょん氏が作るカラッとしたギターのフレーズ、ザカに唯一無二のものだなと思えてきた。modify Youthとハイウェイがマジで最高すぎる。合唱したかった気持ちはあるけど、それはザカが主役のイベントまでお預けだな。
Homecomings、ドラムの音がでかい!序盤からユーフォリアとShadow Boxerをやってくれて嬉しかった。シューゲイズっぽいかもみたいに思っていたが、多分ペイヴメントだ。正直疲れてきてたんだけど、暖かいMCからのSongbirdsで一気に元気になった。いまのHomecomingsが奏でるこの曲、泣ける。そこからUS/アス、HURTSという嬉しすぎる流れ。それぞれリリース時期が離れている曲だけど、歌っていることの本質は一貫している。この3曲、マジで大好きだ。
2024/7/14 神はサイコロを振らない「開眼するケシの花」@Zepp Haneda
友達に誘われて初のZepp Haneda。みんな神サイ好きなんだろうなーという雰囲気で、そこまでどっぷりはまっていない自分は後ろめたさを感じなくもなかった。アイドル的な売り出し方を感じ取って斜めに見てしまう部分があるけど、かっこいいよなとは思う。特に、開演前に読んだインタビュー記事で、メンバーの音楽面のこだわりの強さを知って信頼感が増した。What’s a Pop?や新曲のBaby Babyあたり、ポップだな〜と思うけど、その中にロック心を感じられて好きかも。
終演後、Zeppの駐車場や多摩川スカイブリッジへガルクラの聖地巡礼に。多摩川を挟んで川崎と隣り合う羽田という土地、改めてダイヤモンドダストの象徴としてめちゃくちゃ良いなと思った。よくないと思いつつ、神サイにダイダスを重ね合わせて見ていた部分はある。
2024/7/15 ひとひら, yeti let you notice, fulusu, österreich「ERA 22nd ANNIVERSARY」@下北沢ERA
ひとひらは3月のリリースツアー以来。やっぱりみんな上手すぎる。つくるの加速と発散、そこから国への接続、何度見ても感動するんだろうな。ひとひらの何がいいって、二つのギターのアルペジオの掛け合いと、そこにメリハリを与えるリズム隊の歯切れの良さだなと思った。ギタボの山下さんが、キャブスが自分の音楽のひとつの核になっている、自分の好みで始めたこのバンドも誰かにとってそういう存在になれたらいいと思うようになった、といった旨のことを話していた。キャブスが音楽の核なのは自分も同じだなと思ったし、ひとひらは中高の残響系との出会いと大学3年以降のシューゲのマイブームを繋いでくれたバンドだ。ずっと応援するぜ。
yeti let you notice、前に見た時は音のデカさに押されて味わいきれていなかったけど、音がいい!秋好さんのギターの音がでっかくてよかった。この出演者の中で聴くとめちゃめちゃ残響系だなと実感する。「うつくしいもの」前のまさるさんが泣きそうになってたのが印象的だった。
fulusuは初めてで、鬼気迫る演奏に圧倒された。ベースがテクニカルかつ歪みまくりでよかった。マスロックというにはかなり重厚で、神聖ささえ感じるステージだった。ほぼ知らない曲だったけど、音源化してるのかな。欲しい。
österriech。ライブで聴くとリズム隊の音のデカさとテレキャスの音の良さにびっくりする。高橋國光のソロプロジェクトという印象が強かったけど、しっかりバンドだ。鎌野愛さんと紺野メイさんのツインボーカルも良い。特にすごかったのは、スーパーベーシスト三島想平のベースソロに始まるQuestion。本当〜〜にかっこよかった。この変拍子をなんで演奏できてんの?という不思議。國光さんの肩の力の抜けたMCも良かった。やっぱりとても多くのバンドマンの憧れになってるんだなとも。バンドとしてのオーラが他と違った。
観たもの
ガールズバンドクライ
11話で最高のクライマックスを見せつけられ、そこからの最終話が痛快すぎて、吐き出したいことが特になくなってしまった。結局のところ、この作品のテーマが第一話で明示され、それを貫き通してくれたので、細かい描写以外に言うべきことがない。
メジャーデビューのタイミングで捻り出した曲がウケず、最終的にインディーに戻る選択をする流れが気持ち良すぎる。むしろ今までがうまく行きすぎていて、このままそう簡単に武道館に行けるわけはないだろうくらいには思っていたので。上手くいかないことはたくさんあって課題も山積みだけど、この5人なら大丈夫だろうと思わせるラストだった。
トラペジウム
終始東ゆうの目が怖く、大河くるみが可愛かった。亀井美嘉のスキャンダルまわりの描写にめちゃくちゃ興奮してしまった。
作品を貫くメッセージがなんなのかずっとわからず、それを考えながら観ていた。輝くアイドルは多くの人の憧れであると同時に、個人を徹底的に抑え込むような力学も伴う。アイドルの功罪を身をもって体感した上でそれを解体し、個の人間性を取り戻す話だと受け取った。東ゆうにとって、ひいては原作者にとっては、それでも目指さずにはいられないのがアイドルという存在なのだと。
10年後に振り返る写真のタイムカプセルは良かった。大きなテーマとして青春時代に育んだかけがえのない友情、みたいなものもあったように思うけど、ちょっとピンとこなかった。東ゆうは徹頭徹尾利己的でしかなかったように思い……。写真で見せた笑顔は本物だったということか。でもちょっと弱いんじゃないかと思ってしまった。
Twitterで受動喫煙しすぎてメタから入ってしまったのがもったいなかったけど、謎の引力を感じる作品だった。
ルックバック
良かったねえ……。原作の絵に近い漫画ライクな画作りだったけど、素晴らしい色彩表現と声の演技が加わって藤野と京本の感情がビシバシ伝わってきた。逆に映画化で失われた勢いもあるので、どちらの方がいいということではない。
映画という形式をとることで、原作では連続的だった現実と虚構の境目が、いくぶんハッキリ分かれるようになった。漫画内の漫画と、映画内の漫画は全く違う。原作は現実と虚構をシームレスに繋いでいて、藤野の空想があたかも現実であるかのように思わせる効果があったと思う。一方で映画では、空想は空想、現実は現実という線引きがなされていたように感じる。藤野が殺人犯に飛び蹴りするシーンもコミカルさを増していて、それに伴って問題とされていた殺人犯の描写についてある種のエクスキューズが生まれているのかなと思った。逆効果だという意見もあるかもしれないし、それはそれでわかる。
aftersun/アフターサン
いつもなら気になる映画がアマプラで公開されてもしばらく先延ばしにしてしまうんだけど、今回ばかりは比較的すぐに観た。なぜなら翌日に父とサシで飲む予定があったから。なんとなく、観ておくといい気がした。
普段は別居している31歳の父親と11歳の娘の、一夏のバカンスの思い出。子供の頃の無力感とか思い出して、色々と胸に来る内容だったが、見るタイミング(10年スケールの話)によってはもっと刺さる気がする。子供の頃の自分からすると親というものはある意味超越的で、自分は常に従属する立場。それが大人になると、親も自分と同じように悩む人間であったことに気づく。親は自分に何をしてくれて、何をしてくれなかったのか。そこから自分までは地続きであること。良くも悪くも親の選択に大きく左右されて人生を歩んできた自分。では翻って、これからの自分はどうしていくべきなのか?親に何を返して、次の世代に何を渡していけるのか?そういうことを考えさせられる作品だった。
読んだもの
クワハリ/出内テツオ『ふつうの軽音部』
面白すぎる。高一でギターを買い、軽音部に入った主人公・鳩野ちひろの妙にリアルな自意識の強さと、軽音部のいや〜な人間関係が至って軽快に描かれる。自分がぼっちざろっくに求め、満たされなかったものを与えてくれている。なぜ今まで読んでいなかったのかと思ったけど、25話あたりの一番熱いタイミングで追いつけたのがよかった。ついでにa flood of circleを久しぶりにたくさん聴いた。
理由なき反抗も好きだけど、アレンジがリッチなNew Tribe以降の方が好き。最近だと特にキャンドルソング、かっこよすぎる。
稲田豊史『映画を早送りで観る人たち』
なんとなく読んでおきたかったので。自分はこの議論で想定されている若者世代のど真ん中なんだけど、全然その若者の感覚に寄り添えなかった。自分の交友関係の中で映画やアニメを早送りで観ているという話を聞いたこともなかったし、本当にそんな人たちがこんなにたくさんいるのか?と思ったけど、そうなんだろうな。別に人が倍速視聴をしようがどうでもいいんだけど、世の中の作品作りがそれに追従するように余白を詰めるようになっていくとしたら嫌だな。
もちろん「履修しておきたい」みたいな気持ちはよくわかるけど、世の中の流行りに取り残されたくないみたいなネガティブな感情に駆動されて作品を観ることはないし、自分がそういう考え方に陥らなくてよかったなと思った。むしろ最近は「こんな傑作を全く知らずに生きていた方が面白い」とか「ちょっとつまらないくらいの方が逆に面白い」みたいな考え方になってきている。単なる逆張りと言われるかもしれないし、そういう姿勢を一貫しているわけでもないけど、まあ少ないながらも楽しく作品鑑賞ができているからいいでしょう。
千葉雅也『センスの哲学』
友達が読んでいて面白そうだったので買った。「センスがいい」とされるのはどういうことなのか、そこから解放されて真の意味で「センスが良くなる」ためにはどうすればいいのかという内容。抽象的なようで、意外に実践的な話が書かれていた。
安易に二項対立に還元しないという思考様式を大事にしているつもりだったけど、1と0・存在と不在の明滅の積み重ねとして、あらゆるものにリズム=生成変化の流れを見出すという立場が印象的だった。対立のビートと、より複雑なうねりという二側面は矛盾せず両立できる。
お手本に届かないズレばかりを気にするよりも、自分に偶然的に余ってしまったズレを肯定するべきだという主張も、共感できるものであり勇気づけられる話だった。最近友達が話していた、自分がちゃんとカルチャーを通ってこなかったことに対する劣等感みたいな話とリンクした。自分が知らない知識をたくさん知っているマニアに憧れ、それを目指すだけでは、劣化コピーになって終わりかもしれない。インプットの量こそ少ないとしても、自分が見聞きしてきたものは他の誰とも共通していない。その分野の金字塔みたいなものを通っていなくても別に構わないし、これまでの人生経験の中で気付かないうちに独自の視点が育まれているはずで、それを信じるべきだろうと。単なる妥協に陥らないようにしようとは思いつつ。